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仙台地方裁判所 事件番号不詳 判決

本籍並びに住居

東京都世田谷区玉川奥沢町三丁目十四番地

日本鉱業協会專務理事 〓水貫之助

当五十二年

本籍

東京都澁谷区八幡通一丁目三十三番地

住居

宮城縣栗原郡鶯沢村南鄕荒町四十八番地

細倉鉱業所副会長 中村健介

当四十四年

本籍

大阪府泉北郡東陶器村大字北千二百八十八番地の一

住居

東京都武藏野市吉祥寺千八百三十九番地

三菱鉱業株式会社鉱山本部労働部管理課長

岩崎功

当三十九年

右の者等に対する労働関係調整法違反被告事件について当裁判所は檢事西海枝芳男の関與を以て審理した結果次のように判決する

主文

被告人等はいずれも無罪

理由

本件の公訴事実は

被告人〓水貫之助は東京都千代田区丸の内二丁目三番地に本社を有する三菱鉱業株式会社の職員で、昭和二十二年三月十一日より同年十二月二十一日まで、宮城縣栗原郡鶯沢村所在の右三菱鉱業株式会社直系の細倉鉱業所に所長たりしもの、被告人中村健介は同年五月十三日より同鉱業所の副長に就任してゐるものゝ被告人岩崎功は昭和十九年二月一日より昭和二十二年十月十日まで、同鉱業所の勤労課長の職にあつたものであるが、昭和二十二年六月十六日、前記細倉鉱業所勤務の鉱山労務者千六百名を以て組織してゐる細倉労働組合、組合所属の工作課仕上工である小野寺耕作を鬪爭委員長に、坑内夫淸水東一を副鬪爭委員長に選任し、坑内夫四ノ宮正外二十名を鬪爭委員に擁立して、使用者側である被告人〓水貫之助外前記鉱業所会社側代表者に対し、賃金値上げ並びに赤字補填金支給方を要求し團体交渉を開始し紛爭状態に入つたが、両者の意見一致せず、遂に同年七月十五日、細倉労組爭議團は一斉ストライキに突入し、爾來宮城縣地方労働委員会の斡旋調停を受けておいたところ、同年九月十七日、労組側の讓歩により、双方新賃金並びに赤字補填金の各支給方につき妥結調印をなし、ここに爭議は解決するに至つたものであるが、被告人等は同年十月初旬、細倉鉱業所事務室において協議の上爭議期間中爭議團本部にあつて全労組員を指揮し敢て長期無益の爭議に駆りたててきた鬪爭委員長小野寺耕作及び鬪爭委員兼生活対策本部長として終始他の労組員の先頭に立ち爭議のため活躍してきた四ノ宮正を、爭議行爲をなしたことを理由として解雇することを共謀議決し、同年十二月一日、所轄宮城地労委の同意を得ることなくして右小野寺、四ノ宮両名を解雇し、以て労働爭議をなしたことを理由として労働者に対し不利益な取扱をしたものである。

というのであり、被告人等が右掲示のようにそれぞれ三菱鉱業株式会社細倉鉱業所の所長、副長、勤労課長をしてゐたこと、又同掲記の実況、経緯により、細倉鉱山労働組合が爭議を起し昭和二十二年九月十七日妥結したこと右爭議の鬪爭委員長たりし小野寺耕作同鬪爭委員兼生活対策本部長たりし四ノ宮正が同年十二月五日付で右鉱業所から退職となつたことゝ並びに右解職について所轄の宮城縣地方労働委員会の同意がなかつたことはすべて当公廷の供述によつて明白である。

しかして右の退職の形式は前記両名が退職願を提出し、これに基ずき前示の日附で解職となつたことは被告人等の当公廷の供述と証第二、三号(前記両名の退職願)の存在によつて明かであるが、右の解職が果して前記鬪爭行爲をなしたことを理由とするものか否か、以下檢討して見ることとする。前記の爭議解決に際し、使用者側たる被告人〓水貫之助と労働組合執行委員長羽根田五郞との間に

「爭議中鬪爭委員の責に帰すべき不始末行爲に付いては執行委員長責任を以て之が究明解決を図る」

との覚書が取り交はされ(いわゆる覚書第二項)た、その発展の結果が前記退職に立至つたものであることは被告人等の当公廷の供述のみならず重要なる関係人の供述調書を通じ看取され、しかも之が使用者側たる被告人等において爭議者側に対する責任糺明の第一歩と解され(爭議中不始末行爲禁止の申入れをした事実はあるが特に責任を問う意志表示とは解されない)爾後その発展として

1  同年十月二日、鬪爭委員たりし者の細倉鉱業所長たる被告人〓水貫之助に対する連署の詑書提出

2  会社側から個人別のものを要求され右文書を返却されて、同月七日頃右全員の退職願提出

3  同月十三日頃、小野寺耕作四ノ宮正両名のみ右退職願を受理され後他は却下

4  同年十二月五日、右両名退職金受領

の経緯となつてゐる(被告人等の当公廷の供述後述証第一号の存在等)ので、前記第二項の作成、さらにその発展に伴う使用者側たる被告人等の爭議者側に対する、いわゆる攻勢手段と認められ得るような資料を取り上げ考察を加へることとする。

先づその前提としての、覚書第二項にいわゆる不始末行爲の内容であるがこれは主として、爭議中鬪爭委員等が鉱業所の承認を得ずして鉱業所保管の加配米十六俵二斗を無断持出し費消したことと、十回余にわたる鉱業所のトラツク無断使用を指す(被告人等の当公廷の供述、証人星善作、伊藤金次郞その他関係人多数の供述調書の記載)のであるが、これに関する判断は後述(五)することとし、以下前示の事項に関し考察することとする、

一、いわゆる覚書第二項の作成関係

これを作成することによつて被告人等が、小野寺耕作、四ノ宮正その他爭議行爲者の退職或は不当な扱をなす意志があつたか否かが問題である。証人羽根田五郞、高橋正人に対する訊問調書の記載によれば、「これは表現は強いが軽い意味である」との被告人〓水貫之助の言を信じ、同人等も敢て異議を申し立てず取り極めをしたと言ひ、また被告人〓水貫之助も当公廷において「責任者の退職等は考へず、只後日爭議の際に前例とされる戒のためである」と供述しており、被告人等において、責任者の退職にまで発展させるとか、不当な扱をする下心があつたかどうかについてはその後の発展経過を併せ檢討しなければならないのであるが、小野寺耕作に対する檢察官の聽取書に、同人の供述として「覚書第二項については、会社側としては大して重きを置かなかつたことが本当であると思ふ、当時〓水所長も犠牲者は出さぬと判然言つてゐた、会社が不始末行爲を取り上げ硬化したのは後であつて、覚書第二項によつて自分等が会社のペテンにかかつたと思はぬ」との旨の記載があり、また証人高橋正人に対する訊問調書にも、加配米持出、トラツクの無断使用等やら長期無益な鬪爭により一般組合員の生活が窮迫し種々の事故を惹起する等の事情から一般組合員と鬪爭委員等の溝が深まり、責任をとるべしとの声が日增しに高まつて、当初予想せざる犠牲者を出すことになつた、との旨の同人の供述記載があること等によつても、寧ろ前記のような下心のなかつたことが察せられる。從つて右の覚書第二項の作成そのものは、特に被告人等の不利益な資料をなし難く、後日圧迫手段を用ひたかどうかが問題とるな。

二、鬪爭委員等の十二月二日附連署の詑書提出、返却、同月七日頃の退職願提出関係

前記の覚書第二項作成後、右連署の詑書提出に至るまでの間、被告人等が特にその解決のために何等かの行爲にでたかどうかについては全く証拠がない。

右連署の詑書は不始末行爲に関する措置として提出されたものであるが、これが返却の理由は「詑書には連名で眞実の詑の如く書き出してはあるが鬪爭委員各自々々の態度によると、中には当然の行爲で惡くないとの考を持つてゐる者が多いように見受けられる、形式的な連名の詑状でなく、各自眞意を表現したものをほしい、とのことによるものであり、これにつき鬪爭委員たりしものが協議した結果、全員退職願を提出するに至つたものであることは被告人〓水貫之助の当公廷の供述、小野寺耕作に対する檢察官の聽取書の記載、証第一号の存在等によつて認められる。

ただ証人四ノ宮正に対する訊問調書、小野寺耕作に対する檢察官の聽取書中に「退職願を出したのは折角協定ができても当時協定を履行してくれず、会社側では犠牲者を出さなければ金を支拂つてくれないだろうとの風評があつたためである」との旨の供述記載があり、新賃銀の支拂の遅延したことは被告人岩崎功も当公廷で供述している、しかし右供述或は証人高橋正人に対する訊問調書の記載によれば爭議中の出勤者その他に対する新賃銀の遡及支拂の計算上等多少遅延したに過ぎず、その間内拂もしてゐたもので、ことさら不利益な取扱をした形跡は認められないし、被告人等が右鬪爭委員等に退職願を提出さすべく意図し乃至はこれを提出せざるを得ないような手段を講じたかについては何等の証拠もない、のみならず前記一、説示の証人高橋正人に対する訊問調書の記載によれば、退職願提出の事情がよく諒解されるところであり、被告人等においてそのような事情を釀成するに至らしめたなどという資料は全く見当らない。

三、退職をめぐる小野寺耕作の供述書等の関係

次に小野寺耕作に対する証人訊問調書、同人に対する檢察官の聽取書中にその供述として

(イ)  十月上旬詑状却下に関し協議した際、自分が高橋正人(当時の組合執行委員長)から、覚書第二項の解決として、会社側も、鈴木時郞(当時の全日本三菱鉱業労働組合協議会委員長)も自分にはどうしても辞めてもらわねばならぬと言つているからと退職を勧告された。

(ロ)  その時、中村副長に会い、お互肩書をぬき、個人として覚書第二項の解決をどうすればよいかと意見を求めたところ、副長は「自分が君の立場であつたら男らしく辞める、しかも六十三日間も爭議をリードして鬪つてきた君には敬服を感ずるが、同時に会社側の立場になると脅威を感ずるのみならず君が現場にいることは君を取り捲く潜在勢力が依然としてなくならないことで、その人達が又今後何か企むことがあるだらうと思はれる、君がこゝで辞めるといふなら不利益な扱はしないが、辞めないでいると後日不利益なことが起らないとも限らぬ」との意味のことを言はれそれで大体会社側の意向も判り、また鈴木時郞も自分は辞めるべきだとの口吻であつた、会社側では又覚書二項の問題が解決しなければ新協定の賃銀も拂わぬといつており、その他のごたごたもあり辞めなければならない立場に追い込まれてゐると感じ退職願を提出した、

(ハ)  会社が後で不始末行爲を取り上げて硬化したのは鈴木時郞が來て自分を辞めさせなければならないと言つたり課長会議の結果相当強い意見がでたためと思う、

(ニ)  なお後で退職願撤回を申出たところ岩崎勤労課長から刑事問題として告訴すると言はれた、

(ホ)  不始末行爲というものの自分としては正当な行爲と思つており会社をやめたのは自発的な責任を感じてやめたのでもなく、会社は自分をやめさせることにより細倉労組の今後の弱体化を狙つているとしか考へられない

との趣旨の記載がある。

しかし、右記載を証人高橋正人、鈴木時郞に対する各訊問調書、並に証第一号(雜記帳)と対比してみると、その間可成り相違する部分があり、小野寺の前記供述には誤信のみならず誇張も認められるのである、右の証第一号は細倉鉱山労組の執行委員長たる高橋正人において、爭議解決から小野寺耕作、四ノ宮正の退職金受領に至るまでの経緯を記したものであり、その記載内容から見て冷靜に事実を要録したものであることが理解され、本件を判断するについても重要なる資料たるべきものであるが、

(イ)  この証第一号や右高橋正人に対する証人訊問調書によつてみても、同人が小野寺耕作に対し、前記供述のように会社側の意向また鈴木時郞の言を傳へて退職を勧告したことはなく、ただ同人が一般組合員の鬪爭委員等に対する反感その他複雜な事態收拾に直面し、小野寺耕作に対し、一應責任をとらなければ解決しないように思はれるかどうか、何か考があるか、と言つたものであり、これに対し小野寺耕作が予ての考なりとして退職願を提出するに至つたものであることが認められる。

(ロ)  なお又右の証拠によれば、小野寺耕作が被告人中村健介の意見を求めたのは十月七日の退職願提出前でなく、その後一旦決意した退職の考のぐらついてきた時のこと(十月十六日頃)であり、小野寺耕作の「今後自分の立場ならどんな態度をとるべきか、個人として敎へてほしい」との質問に対し被告人中村から「会社をはなれて全く個人として話すが、若し自分がその立場ならはつきりときれいに男らしく責任をとる」との答があつたことが認められる、爭議のリード、脅威云々についてはその際被告人中村が予め、会社を離れて個人として、と前提し右の答をしたとのことからすれば、余程軽卒な場合は別として、そのようなことを言つたかは頗る疑問であり、この点の小野寺耕作の供述記載は他にこれを裏付ける資料のない限り、たやすく採用すべきでなく、また他に裏付けの証拠も存在しないのである、從つて前記の答を以て直ちに会社側の意向とすることはあまりにも早計であり鉱業所としての退職示唆なりとするにはなお他の証拠を併せた上考えらるべきものである(なお後述四)、

なお鈴木時郞の退職口吻についてはこれが被告人等と何等関聯あることが認め得られない

(新賃銀不拂関係については前述)

(ハ)  次に被告人等の当公廷の供述、証人田口周一の訊問調書の記載を綜合すれば、前記の爭議は長期無益であつたのみならず、会社に対しても莫大な損害を與へた等の事情もあり、爭議解決後の鉱業所課長会議の席上、爭議行爲の責任者として小野寺耕作外某二、三名を退職せしむべしとの意見も出、これに対して、被告人〓水貫之助から爭議行爲の責任をとらしめるのは不可であり、あくまで不始末行爲を問題としなければならない旨説かれたことが認められる。

ただ前示の被告人〓水貫之助の、覚書作成の際、不始末行爲の責任者の退職のことは考へなかつた、との供述にかかわらず、後日小野寺耕作、四ノ宮正の退職願を受理するに至つた事情については、その間、課長会議の空氣に影響されたかの疑を容れる余地なしとしない(なを後述四)、しかも前記退職願提出に当り、後日の如く、特に小野寺耕作、四ノ宮正が他の責任は不問にされたしとの特別の申入れをした事情、また証第一号に、その当時会社側の危險な空氣云々の表現あること等からすれば労組側に対し、鉱業所の態度は相当強硬なる如く傳はつたかと推測される。しかし被告人等が故意にこのような状態を生ずるに至らしめたとの証拠は全くなし、前記被告人〓水貫之助の措置並に右の状況を以て直ちに公訴事実認定の資料とするにはあまりにも行き過ぎである。

なお鈴木時郞が小野寺耕作の退職方を鉱業所に告げたかの如き点については同人に対する証人訊問調書と対比し、その事実なしと認めざるを得ない。

(ニ)  次に告訴の件であるが「退職しなければ告訴する」と告げることはそれ自体一應威圧的なものと考へられる、なお被告人〓水貫之助も当公廷で小野寺、四ノ宮に、不始末行爲について責任をうやむやになれば会社の立場として警察の手を借りる必要があるかも知れないと告げた、と供述している、また証第一号にも告訴する旨を傳へられたとの記載が存している、いずれも責任を追及する意志の表現であることは言を俟たない、しかしこれらのことが直ちに不法な圧迫手段とみられるかは別個の問題である、被告人等の当公廷の供述によれば同人等は右不始末行爲を以て刑事問題たるべきものと考えていたことが認められただできるだけ警察沙汰にすることを避けていたというのであり、これは一應諒解し得るところである。しかも不始末行爲の責任がうやむやになるのをいたずらに傍観するを得ないことは使用者側たる鉱業所の立場からして諒せられるし、そのため責任を感じないとみられる退職願撤回の申出に対し、告訴云々を告げることは一應尤もとも思はれるので、これのみではことさら不法な圧迫しかも爭議行爲の責を負わせるための圧迫を加えたとはみなし難い、また仮りに告訴により不始末行爲問題が解決したとすれば何等被告人等問責問題が起らなかつたかも知れないのである。

(ホ)  右の不始末行爲を以て爭議行爲に伴う正当なるものであるとの見解からすれば、その責をとるのは不当であり且前記一、の証人高橋正人の訊問調書記載で認められる事情により、その責をとらざるを得なくなつた点を考慮すれば、小野寺耕作自身としては退職は多分に爭議行爲の責任と思惟されたことは諒解に難くないし当否は別としてその退職に割り切れぬもののあることを感ずるに違いないことは察し得られるのであるが、このことは公訴事実の判断とは無関係である。

右に挙げ考察を加えたもの以外にも被告人等の措置を云爲する関係人の供述調書記載等があるのであるが、何れも右に取上げた範囲を出てないものであるから重ねて判断することを控えることとする

以上に挙げたものが本件公訴事実を証すべき主な資料と解せられるのであるが、その個々のもの、或はこれ等又はこれらと他の証拠を全部綜合しても公訴事実を認定するに足らないことは上記の考察からして充分諒し得られるのである、しかしなお一歩進んで小野寺耕作、四ノ宮正の退職並に上記のいわゆる不始末行爲は如何に解さるべきかを檢討し、公訴事実の判断を更に明確ならしめることとする。

四、小野寺耕作、四ノ宮正の退職について

証第一号によれば、前記連署の詑書却下によりその全員が退職願を提出した際、小野寺耕作は特に同人一人一切の責任を負うこととし他に責を負わしめざることを懇請し、また四ノ宮正は米の消費は生活対策部長としての同人の責任で、一切の責任を負うゆえ他に責を及ぼざざることを請う旨の嘆願書を添付したもので、特に両名において引責退職の決意の強かつたことが認められる、尤も前記の退職願提出の事情については、鉱業所側の強硬なる態度に基くとみられ得るような資料もあり、これにつき被告人等の責に帰し得ないことは前述したのであるが、却つて前記一、において説明した証人高橋正人の、当時一般組合員の鬪爭委員たりしものに対する日增しの惡感情等云々の、供述記載を考慮すれば、上記全員の退職願は、被告人等の干渉しないこれとは全く別個の下に発意されたものと認むべきであるして見ると右の退職願は表面不始末行爲を理由としても、これに伴ひ、或はより以上に一般組合員に対する爭議行爲の責任をとつたものと認められるのであるが、退職の決意が被告人等の干渉を受けない眞意に出でたものである以上一般組合員或は更に進んで会社側に対する爭議行爲の責任を感じたものとしてもこれに基いて解職するのは何等非難に値しないと解すべきである、(被告人〓水貫之助が当初犠牲者も出さぬと言明しながら、小野寺、四ノ宮両名の退職願を受理するに至つたのは、その間疑念を挾む余地なしとしないとさきに説明したが、被告人〓水貫之助が右の事情をあらためて考慮に入れたと考へれば、これも諒解し得られるし、また被告人中村健介が小野寺耕作に対し、後で、会社を離れ個人として言へば綺麗に責任をとる云々と答えたことも、右の事情からすれば十分理解し得られるところであり、これらを以て被告人等の罪責を問う資料とはなし難くなつてくる)爾後労組側の退職願貰い下げ運動もあつて、前記両名以外の退職願不受理となりなお十月十五日、組合において職場毎に無記名投票をした結果右運動不続行と定り後、多少曲折があり、退職金問題から両名の退職願撤回の申出はあつたものの、結局四ノ宮正は当初のとおり退職を希望し小野寺耕作は一旦退職を希望すると言いつつ、組合執行委員長高橋正人に対し、これを撤回すると申出で、かかる状態を数回繰返して意思に明確を欠くものがあつたが、結局組合の意思に從うとの心意表明から、十一月二十八日組合大会の結果、不始末行爲と認め退職すべきであるとの決議により已むなしとし、かくして十二月五日両名において退職金を受領解決したことが認められる。(証人高橋正人に対する訊問調書証第一号)

以上の事情からすれば小野寺耕作、四ノ宮正の退職は何等被告人等の強制乃至不当な扱によつたものでなく、寧ろ右両名の意思に発したものと解釈せらるべきものである。

五、いわゆる不始末行爲について

不始末行爲の内容はさきに掲げたように鬪爭委員等による労務加配米の無断持出、トラツクの無断使用が主なるものであるが、とりわけ前者が主と思はれるので、これにつき檢討してみることとする、当時右加配米は鉱業所に於て買受け、管理し、労務者職員等に無償で給していたものであつて、元來労組側労務者に給せらるべきものであるといふものの、直接には鉱業所所有に属していたものであり、これを爭議中、四ノ宮正が保管人伊藤金次郞に要求し、鉱業所に無断で合計十六俵二斗を持ち出し、爭議のため鬪爭委員のみが費消したもので、なおストライキ突入直前、四ノ宮正、小野寺耕作外一名が右伊藤金次郞に右の持出しを交渉しているのである。(被告人等の当公廷の供述、証人三國敬信、水沼八洲秋、伊藤金次郞に対する訊問調書の記載)これによれば前記加配米の持出しは犯罪行爲を以て目されても已むを得ない性質のものであり、その不法であることは言を俟たないと言はなければならない、しかしてかかる不正行爲は爭議に関聯して生じたとしても爭議行爲とは別個に、独立の解職理由と解せらるべきは当然で右の場合その数量から推して責任者は鉱業所側の一方的な解雇手段をとられても致しかたがないと言はなければならない。本件の場合においては実質的な責任者を追及することなく、いわば立場上の責任者として生活対策本部長四ノ宮正、鬪爭委員長小野寺耕作の退職願を容れたものであるが、上述の事情からすれば右措置は鉱業所側においてことさら非違を以て責めらるべき理由がないと言はなければならない、仮にこれを解雇とみても爭議行爲をなしたことを理由としたものでなく、これと別個のもので、何等労働委員会の同意を要するものでない、また爭議行爲を理由に不利益な扱をしたものとみられ得べきでもない。

以上要するに、本件公訴事実は、被告人等の共謀関係を判断するまでもなく全く証明がないので刑事訴訟法第三百六十二條に則り、被告人等に対しいずれも無罪の言渡をなすべきものである。

なお弁護人三宅正太郞は、

一、本件は労働委員会の提訴を俟つてその罪を論ずべきものであり、昭和二十三年四月二十六日その提訴を見たのであるが、本提訴の委員会の委員は同年二月末日を以て任期満了し、後正当の委嘱がなく委員としての資格を欠いてゐたものである、從つて右の委員会によつてなされた提訴は無效である、

二、仮に然らずとするも、右提訴は当初被告人等に加へ野田東一を共犯者としてなしたところ、同年五月四日、右野田に対する提訴を取消したのであるから、この取消は刑事訴訟法第二百六十八條第二項の適用により他の被告人等に対してもその效力を及ぼし提訴の效を失つたものである、

と主張し、公訴棄却の裁判を求めたしかし既に前記のように公訴事実の実体につき無罪の判決をした以上、右に関する判断を略しても差支えないと認めるので、この点の判断は特に掲げないこととする。

(裁判長判事 〓見重治 判事補 畠沢喜一 判事補 山田瑞夫)

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